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PDF表面:イングリット・フジコ・ヘミング&モスクワ・フィルハーモニー交響楽団

PDF裏面:イングリット・フジコ・ヘミング&モスクワ・フィルハーモニー交響楽団

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再び実現した黄金のタッグ!

イングリット・フジコ・ヘミング
 &モスクワ・フィルハーモニー交響楽団

ピアノ:イングリット・フジコ・ヘミング/指揮:ユーリ・シモノフ

タイトル イングリット・フジコ・ヘミング&モスクワ・フィルハーモニー交響楽団
日 時 2013年6月18日(火) 7:00pm開演(6:30pm開場)
会 場 札幌コンサートホール Kitara大ホール
料 金

完 売
多数のお申し込みありがとうございました。

出 演 ユーリ・シモノフ(指揮)、イングリット・フジコ・ヘミング(ピアノ)、
モスクワ・フィルハーモニー交響楽団
曲 目
  • ショパン:ピアノ協奏曲第1番 ホ短調 作品11
  • リスト:ラ・カンパネラ
  • チャイコフスキー:交響曲第6番「悲愴」 ロ短調 作品74
リンク
コード [Pコード] 187-124 [Lコード] 13453

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2006年全国各地で大成功を収めた伝説のコンサート「フジコ・ヘミング&モスクワフィル」札幌公演が、7年ぶりに実現いたします。1999年デビューCD「奇跡のカンパネラ」がクラシック界では異例の大ヒットとなり、“フジコ現象”を引き起こした驚異のピアニスト、フジコ・ヘミング。彼女の演奏は、何故こんなにも多くの人々を魅了にするのでしょうか。是非ご自身の耳でお確かめください。

一方、首席指揮者ユーリ・シモノフ率いるモスクワ・フィルハーモニー管弦楽団は、戦後1951年に創設、これまで、ソリストに、ルービンシュタイン、スターン、メニューイン、グールド、ポリーニ、ミケランジェリ、リヒテル、ギレリス、ロストロポーヴィチといった錚々たる演奏家が名を連ね、世界各地で活躍を続けるオーケストラです。

モスクワフィルとの黄金のタッグは、フジコ・ヘミングにとっても特別なもので、今回のツアーに向けてメッセージが寄せられております。

今回、ソリストとしておまねき頂いた事を嬉しく思っています。モスクワフィルのダイナミックな音響は生きている喜びをもたらせてくれるほどすばらしいものです。

フジコ・ヘミング

イングリット・フジコ・ヘミング(ピアノ) Ingrid Fuziko Hemming

スェーデン人建築家の父と日本人ピアニストの母を両親としてベルリンに生まれたフジコ・ヘミングは、5歳の時に日本に移住、母の指導でピアノを始め、その才能を開花させます。

東京藝術大学卒業後日本で活動をしていたフジコの弾くショパンとリストを来日中のサムソン・フランソワが絶賛、その後、ベルリン国立音楽大学へ留学してヨーロッパ各地で演奏活動をおこないます。

当時無国籍者であったという事情もあり、ヨーロッパでの生活は、貧困と孤独のもとに大変苦しいものであったようです。彼女の演奏に感銘を受けたレナード・バーンスタインの後押しで、ウィーンでのリサイタルがやっと開催されることになりますが、演奏会直前に聴力を失うというアクシデントに見舞われ、さらに苦難の時代は続きます。

母の死をきっかけに1995年日本へ帰国、1999年NHKで放映されたドキュメンタリー番組「フジコ~あるピアニストの軌跡」が大反響を呼び、一躍注目を浴びることになります。

聴くものの心を捉えて離さない唯一無二の演奏と共に、良いことも悪いこともすべてありのままに受け入れ、音楽や生き物への愛に溢れた生き方が、多くの人々の共感を呼び、現在、国内外で活発な演奏活動を続けております。

ユーリ・シモノフ(指揮) Yuri Somonov

ブラス・セクションを大きく鳴らし、打楽器を炸裂させるシモノフの重量感のある音楽のファンは日本でも数多い。演奏曲目は幅広く、チャイコフスキーやラフマニノフ等のロシア系はもとより、モーツァルトやベートーヴェンに始まり、マーラーからイタリア・オペラに至るまで、多彩なレパートリーを獲得している。

1941年ロシア・サラトフ州生まれ。レニングラード音楽院で学び、1966年全ソ連指揮者コンクールにて優勝。1968ローマ・サンタチェチーリア指揮者コンクールで優勝。その後レニングラードフィルハーモニー交響楽団にてムラヴィンスキーの助手をつとめる。1969年ボリショイ歌劇場に招かれ「アイーダ」でデビュー。1985年まで首席指揮者を努め、当歌劇場では最長の任期であった。1998年モスクワ・フィルハーモニー管弦楽団の首席指揮者に就任。モスクワ・フィルを伴っての日本への来日は多く、NHK交響楽団にも客演している。ロシア功労芸術家(1971)、ロシア人民芸術家(1976)、ソ連人民芸術家(1981)。

モスクワ・フィルハーモニー交響楽団 Moscow Philharmonic Orchestra

第2次世界大戦の後、ロシア政府はレニングラード・フィルのライバルとなるオーケストラを首都モスクワに設置することを目的に優秀なプレイヤーを集め、1951年モスクワ・フィルハーモニー管弦楽団を発足させました。音楽監督にはロシアで有名な指揮者キリル・コンドラシンが任命され、コンドラシンと親交のあった作曲家ショスタコービッチの後期交響曲の数々を初演しました。それによって楽団は世界的に話題の的となり、ストラヴィンスキー、ペンデレツキを初めとして、当時の西洋音楽界はこの新しい楽団に多大な関心を寄せました。

客演は現在に至るまで、ザンデルリンク、コンヴィチュニー、マゼール、メータ、ソリストにはルービンシュタイン、スターン、メニューイン、グールド、ポリーニ、ミケランジェリ、リヒテル、ギレリス、ロストロポーヴィッチといった錚々たる面々が名を連ねています。現在はユーリ・シモノフが首席指揮者に就任、国内はもとより、世界でも積極的にコンサートを開催しています。

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